2008年6月29日 (日)

さくら志津憲法9条をまもりたい会ニュース10号をマイリストに登載しました

私たちの会のニュースは、10号を迎えました。世話人が手分けをして、ユーカリが丘、上座、宮ノ台、中志津、西志津などに戸別配布しています。もし、お手伝いいただける方がありましたら、ご一報ください。また、置いていただける施設やお店などがあればご紹介をおまちしています。
(目次)
「海外派兵恒久法」って何?
9条世界会議に参加して
学習会のお知らせ「憲法を次の世代にどうバトンタッチするか」
 講師:歴史教育者協議会・千葉大学講師大野一夫さん
 日時:8月10日午前10時~
 場所:志津公民館

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2008年5月 3日 (土)

5月3日、「9条をまもりたい」熱い思いを!

 私たちの会では、憲法記念日の宣伝活動を目指して、リーフレット作り、憲法9条の各国語訳を刷り込んだ栞作り、お子さんたちに手渡す折り紙のカブトやコイノボリ作りと多くの方が励んできました。
 そしてきょう、京成ユーカリが丘北口でのリーフレット配布やリレートークによる「憲法9条をまもろう」の活動には、20人を越える参加者がありました。家族連れや中高生のグループの往来でにぎわう通路の両側に並んでの呼びかけは壮観でもありました。リーフレットを快く受取ってくれる人、頑張れよと声を掛けてくれる人、険しい表情で先を急ぐ人、とさまざまでした。小さいお子様連れには、かわいらしい折り紙のカブトやコイノボリも人気のようでした。ちょうど1時間で終了。時を同じくして、JR佐倉駅前では、「佐倉のすみっこで平和を叫ぶ会」「9条の風・さくら」ギター演奏が流れるなかでのシール投票を呼びかけ、京成志津駅では「九条の会・志津」がリレートークをしながらチラシの配布を行いました。
 つぎは場所を京成臼井駅に移して、上記4団体メンバーに、「佐倉九条の会」のメンバーが加わり、ギター演奏のなか、全員でチラシ配布を行い、最後に全員で「母さんの歌」を歌い、宣伝活動を終えました。メンバーの参加者は総勢93人にのぼりました。合同での活動ははじめての試みだっただけに大きな励みとなりました。

 5月2日には、自衛隊のイラク派兵を違憲とした、名古屋高裁判決が確定し、5月3日発表の朝日新聞世論調査によれば、「9条改正反対が66%」という記事も私たちの背中を押してくれたように思いました。

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2008年2月10日 (日)

「まもりたい会」ニュースに8号を登載しました

申し訳ありません。ご無沙汰してしまいました。私たちの会は、世話人会、事務局会議をそれぞれ月1回開催して、活発な意見交換や情報交換を行っています。「九条の会」や身近な地域の会のイベントに参加した方からの報告も楽しみの一つです。今回の8号のニュースに関しては、海外で働いている若い女性からの投稿をめぐって、何度かの議論の機会を持ちました。ご覧の上、ぜひご意見をお寄せください。お待ちしています。

目次
全国に広がる9条の輪~全国交流集会に参加して
<投稿>~戦争体験のない世代の一人として私は日本が矛盾した平和憲法を持ち続ける状況に陥ってしまった悪循環に批判的であり、落胆しています。だからといって私は日本が通常の軍隊を創設すれば良いと思っているわけではありません~(M)
Mさんの投稿を訳して感じたこと~戦争をしないというのであれば、わざわざ憲法9条を改正する必要はないのです~
編集後記

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2007年10月27日 (土)

「まもりたい会」ニュースに7号(2007年10月)を登載しました

目次
会の発足1周年を迎えて(高塚一成)
靖国神社ツアーに参加して
≪投稿≫憲法9条は「前文」を踏まえて
9月、10月に行なったイベント報告
①「佐倉連隊とその時代」を歩く
②「焼け跡から生まれた憲法草案」「軍隊を捨てた国コスタリカ」上映会

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2007年10月11日 (木)

10月7日(日)、天候にも恵まれ、戦跡巡りは盛況でした。参加者のお一人、服部かをるさんから次のようなレポートが届きました。参加者の皆さん、続報をお待ちしています。

秋晴れの中、「佐倉連隊とその時代」を歩く

当会主催で、佐倉城址公園内の戦跡めぐりを半日で行いました。参加者は25名。講師は「佐倉歴史案内人の会」の山倉洋和さん。

市民体育館前に集合し、佐倉中学校の被爆クスノキ2世を生垣の外から眺め、自由広場の奥にある「第二連隊略歴」碑などを遠望し、軍の運動用具の一つで「跳下台」と呼ばれていた十二階段を見学。不気味な雰囲気の漂う脂油庫・弾薬庫跡を見てから、トイレ休憩。

その後、本丸跡を遠くから眺め、城南堤の射的場跡を見て、病院跡、兵舎土台に転用された佐倉城礎石、兵営トイレ残骸を見学。ずらっと並んだ楕円の穴のあいたコンクリートの残骸はとてもリアル。当時江原新田の農民が有料で汲み取りをし、肥料にしていたという。

休憩の後、馬出し、軍犬・軍馬の碑、愛宕神社・円正寺跡、表門跡を見学し、休憩所で昼食をとりました。

 山倉さんの良く通る声、分かりやすい説明が好評でした。「佐倉連隊」とは、1874年(明治7年)から1945年(昭和20年)の終戦までに佐倉で編成された17の連隊の総称だそうです。軍隊が入ることで佐倉城のすべての建物と神社仏閣が取り壊されたとのこと。軍隊とは恐ろしいものです。詳しくは、山倉さんの著書―もうひとつの「歴史散策」「佐倉連隊とその時代」を歩くーをご覧ください。参加者の感想としては、「今まで何回も城址公園に来ているが、このような遺跡があることを知らなかった。今までと景色が違って見える。」という声がたくさんありました。

 お天気に恵まれ、遠足気分で楽しく歴史を学ぶことができました。第二段を是非とも企画したいものです。

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