「まもりたい会」ニュースに7号(2007年10月)を登載しました
目次
会の発足1周年を迎えて(高塚一成)
靖国神社ツアーに参加して
≪投稿≫憲法9条は「前文」を踏まえて
9月、10月に行なったイベント報告
①「佐倉連隊とその時代」を歩く
②「焼け跡から生まれた憲法草案」「軍隊を捨てた国コスタリカ」上映会
目次
会の発足1周年を迎えて(高塚一成)
靖国神社ツアーに参加して
≪投稿≫憲法9条は「前文」を踏まえて
9月、10月に行なったイベント報告
①「佐倉連隊とその時代」を歩く
②「焼け跡から生まれた憲法草案」「軍隊を捨てた国コスタリカ」上映会
秋晴れの中、「佐倉連隊とその時代」を歩く 当会主催で、佐倉城址公園内の戦跡めぐりを半日で行いました。参加者は25名。講師は「佐倉歴史案内人の会」の山倉洋和さん。 市民体育館前に集合し、佐倉中学校の被爆クスノキ2世を生垣の外から眺め、自由広場の奥にある「第二連隊略歴」碑などを遠望し、軍の運動用具の一つで「跳下台」と呼ばれていた十二階段を見学。不気味な雰囲気の漂う脂油庫・弾薬庫跡を見てから、トイレ休憩。 その後、本丸跡を遠くから眺め、城南堤の射的場跡を見て、病院跡、兵舎土台に転用された佐倉城礎石、兵営トイレ残骸を見学。ずらっと並んだ楕円の穴のあいたコンクリートの残骸はとてもリアル。当時江原新田の農民が有料で汲み取りをし、肥料にしていたという。 休憩の後、馬出し、軍犬・軍馬の碑、愛宕神社・円正寺跡、表門跡を見学し、休憩所で昼食をとりました。 山倉さんの良く通る声、分かりやすい説明が好評でした。「佐倉連隊」とは、1874年(明治7年)から1945年(昭和20年)の終戦までに佐倉で編成された17の連隊の総称だそうです。軍隊が入ることで佐倉城のすべての建物と神社仏閣が取り壊されたとのこと。軍隊とは恐ろしいものです。詳しくは、山倉さんの著書―もうひとつの「歴史散策」「佐倉連隊とその時代」を歩くーをご覧ください。参加者の感想としては、「今まで何回も城址公園に来ているが、このような遺跡があることを知らなかった。今までと景色が違って見える。」という声がたくさんありました。 お天気に恵まれ、遠足気分で楽しく歴史を学ぶことができました。第二段を是非とも企画したいものです。
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